森の香りが心と体を癒す理由-健康寿命-

今回は木材の話ではなく、木や森の話をしようと思います。
森は五感に良い影響を与えてくれますが、森の香りが私たちの心と体にどう作用するのか、科学的な知見を交えてまとめてみました。

1.フィトンチッドとは何か

フィトンチッドとは、樹木が自分自身を病原菌や害虫から守るために発散する芳香性の揮発物質の総称です。
ピネンやリモネンといったテルペン類の天然化合物が代表的で、常緑樹をはじめとする多くの樹木から放出されています。モノテンペル類はテンペル類の中で最も揮発性が高く、大気中に森の中で高く、広場で低く存在しています。
森の中には100種類以上のフィトンチッド成分が存在するといわれていますが、公園の緑地を除けば都会にはほとんど存在しません。

樹木の種類によって香りの成分も効果も少しずつ異なります。

  • 針葉樹(ヒノキ・マツなど):αピネンを多く含み、リラックス効果やストレス緩和に働きかける。
  • 柑橘系:リモネンが豊富で、モチベーション向上や片付けへの意欲を高める効果が報告されている。またリモネンには食欲減退効果をある。
  • クスノキ(樟):カンファーを含み、交感神経を落ち着かせ副交感神経を優位にする。
  • ミント集中力や運動能力の向上に役立つとされる。
  • ラベンダー・ローズマリー:それぞれリラックス効果があるとされる。

さらに、人間の嗅覚は非常に鋭敏で、約1兆種類ものにおいを識別できるとも言われています。
土のにおいですら1000億分の1という極めて低い濃度でもかぎ分けられるというから驚きです。

2.免疫細胞を増やす森の香り

私たちの体には、病原菌から身を守る「ナチュラルキラー(NK)細胞」と呼ばれる免疫細胞があります。研究によって、このNK細胞は森の香り=フィトンチッドによって活性化することがわかってきました。

実際にこんな実験があります。13人の被験者にホテルの部屋で3泊してもらい、日本でよく見られるヒノキから抽出したオイルを加湿器で気化させ続けたところ、わずか3日後にNK細胞が20%も増加しました。この間、被験者たちは疲労感が軽くなったとも報告しています。

アロマセラピーの効果に関するその他の研究では、次のような報告もあります。

  • 不安の改善(がん患者を対象とした調査で不安が大幅に減少したという報告もある)
  • ストレスホルモンであるコルチゾールの減少
  • 心臓への血流増加

3.土にも人を癒す力がある

森の恵みは木々だけではありません。2002年以降の複数の研究により、土壌に含まれる放線菌などの成分が人間の健康に貢献していることもわかってきました。土から採れたカビからは、ペニシリンをはじめとする重要な抗生物質が作られてきた歴史もあります。

2007年と2010年にはイギリスとアメリカでそれぞれ実験が行われ、どこにでも生息する土壌細菌「マイコバクテリウム・バッカエ」に触れたマウスは、迷路で道に迷いにくくなり、不安を感じにくくなったという結果が出ました。さらに、幸福感と関連が深いとされる神経伝達物質セロトニンの産生量も増加していたそうです。

「マイコバクテリウム・バッカエ」は土や水の中に生息する、人に害を与えない細菌で、脳の炎症を抑えたり、ストレスや不安を和らげたりする効果が研究されており、心の健康やストレス耐性を高める可能性があるとして注目を集めています。
土に触れながら森の香りを感じると良さそうです。

4.なぜ自然の中では気持ちが落ち着くのか?

私たちの体には、緊張時に働く「交感神経系」と、リラックス時に働く「副交感神経系」があります。自然の中でくつろいでいると副交感神経系が優位になり、これが野外での食事が美味しく感じられる理由の一つでもあります。

一方で現代生活は用事が山積みで、絶えず外部からの刺激にさらされているため、闘争・逃走反応を司る交感神経系が働きっぱなしになりがちです。
1930年代から続く研究では、コルチゾール値や血圧が慢性的に高い状態は、心臓病、代謝疾患、認知症、うつ病のリスクを高めることがわかっています。また近年の研究では、都会での慢性的なストレスが脳に変化を起こし、統合失調症や不安障害、気分障害の発症リスクを高める可能性も指摘されています。

5.森の香りを暮らしに取り入れる方法

森に出かける時間がなくても、日常生活の中でフィトンチッドの恩恵を取り入れる方法はいくつかあります。

  1. アロマディフューザーを使う:ヒノキラベンダーなどの精油を部屋に香らせる。
  2. 入浴時に精油を活用する:湯気とともに香りを楽しみながらリラックスできる。
  3. 近くの公園や緑地を歩く:わずかな時間でも自然に触れることで気分転換になる。

もし香り目的で森に行く場合は、私は現在秋田県に住んでいますが、まずは秋田杉などの針葉樹林から、混合林、広葉樹林の順番で出かけることがおすすめです。

6.まとめ

フィトンチッドには、免疫細胞を活性化させたり、ストレスホルモンを減少させたり、副交感神経を優位にしたりと、私たちの心身を癒す力が科学的にも裏付けられつつあります。また、土壌に含まれる細菌にも心の健康を支えることがわかってきました。

忙しい毎日の中でも、香りを意識して自然に触れる時間を少しだけ作ってみる、それだけで心と体は驚くほど軽くなるかもしれません。

参考文献:NATURE FIX 自然が最高の脳をつくる フローレンス・ウィリアムズ NHK出版